こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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今日一日

携帯の呼び出し音で目が覚めた。
時間は4時30分。

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4時45分に迎えの車が来た。
早起き会に行くのは久しぶりである。

記念早起き会と言うことで支部長が来ていた。
いつものように、朝の誓いで始まる。

朝の誓

今日一日 三つの恩を忘れず 喜んで進んで働きます。
今日一日 人の悪をいわず 己の善を語りません。
今日一日 気づいたことは 身がる煮に直ぐ行います。
今日一日 腹を立てず 不足の思いをいたしません。
今日一日 三つの無駄を排し 新しく大地に生き貫きます。

支部長の後について唱和する。
最初はすごい抵抗があった。

しかし、朝早くおきて腹の底から声を出すのも悪くない。
唱和が済むと演壇に立って想いのたけを述べる。

約1時間正座をしている。
終わる頃になると痺れをきらして、一時は立ち上がることも出来ない。

終わったのは6時。
奇妙な会と言えば奇妙だが、朝早く起きると余裕が出来る。

出社までの1時間30分が有効に使える。
メールをしたり読書をしたり。

8時に出社。
淡々と何事もなく過ぎる。

3時ごろ突然、自分でも驚くほど怒りがこみ上げてきた。
その、理由は分かっている。

通常、怒りというのは時間の経過と共に治まるものだが今回は治まらない。
ますます、怒りは増していく感じだ。

腹を立てず……?
朝の誓いをしたばかりなのに。

でも、こればかりはどうしようもない。
コントロールできない。

こんな、感じになるのは初めてである。
腹の底から湧いてくる感じだ。

沸々と湧いてくる。
中々治まらない。

家に帰ってからも、治まらない。
食事をしているときも。
風呂に入っているときも。
家内と話しているときも。

本を読む気にもならない。
メールをする気にも。
電話をする気にも。

コントロールできない気持ちをブログにそのままぶつけることにした。
思いつくまま、言葉の出るまま。

怒りが言葉と共に出てくれればいいのだが。

今日も1日が終わろうとしている。
今日1日が。

そして、明日の、今日1日が始まろうとしている。
明日は、明日の風が吹く。

今日とは違う明日が!
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by cocoroshien | 2008-04-29 23:54

続・自由!

自由をはきちがえている人が多い。
何でも許されると思っている人が多い。

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彼女のダンスを見て感じたままを書こう。
それが、自由をかたることになりそうだから。

あの狭い空間で、しかも狭い通路で、よくあれだけの動きができるなと思った。
最初、周りのお客に当たるのではないかとひやひやしながら見ていた。

でも、それは奇遇に終わった。取り越し苦労だった。
おそらく、お客にひやひやさせるのは計算されていたのだろう。

前にも書いたがまさに彼女の動きは「反応」だ。
それは、パブロフの犬のようなものかもしれない。

刺激に対して反応する、どう反応するのか分からない。
反応の仕方は自分さえ分からない。

自分さえ分からない!
これが、本当の自由ではないだろうか?

でも、自由にも制約やルールは必要だ!
いくら、自由でもチューリップを叩き切るのよくない。

自分を律してこそ自由ではないだろうか?
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by cocoroshien | 2008-04-28 13:52

自由!

自由って何だろう?
すべてが許されるってことかな!

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彼女の名前は分からない。
初めて見たときは性別さえ分からなかった。
年齢を聞いた時は驚いた、とても若く見えたからだ。
15歳サバをよんでも分からないかもしれない。

彼女はダンサーのようだ!
それも、モダン・ダンサー!
音楽に合わせて彼女が動き出したとき、何だ~と思った。
場違いなような気がした。
でも、見ているうちに違和感はなくなっていった。

ここは『遊食菜采』
オーナーの野口さんの名刺には“知的に優食文化”とすごいことが書いてある。
佐賀市八戸溝にあるレストランだ!
和でもなく、洋でもない、なんとも形容の出来ないスペースだ。
月に1度コンサートを開催しているらしい。

23日はジャズコンサートだった。
かん高いトランペットの音。
重奏なテナーサックス。
キーボードの軽やかさ。
その調べに乗って彼女は動き出した。

そう、形容としては「動き出した」がもっともふさわしい。
リズムに合っていないような気がした。
いや、合わせる必要がないのかも知れない。
合わせるとぎこちなくなりそうだ。
それは、“反応”という言葉がふさわしいかも知れない。

音に反応している。
時に激しく、時に優しく、時に柔らかく、時に静かに。
スペースの隅に行って引きこもっていたり。
逆立ちをしたり。転んだり。
決まりはなさそうだ。

日常がダンスになっている。
欲望の赴くまま、反応のままに。
動いている本人はどんな感じなのだろう。
おそらく、何も考えは浮かばないだろう。
脳は反応に精一杯でそんな余裕などない筈だ。

続く
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by cocoroshien | 2008-04-26 02:21

好き嫌い

一番の自慢は好き嫌いがないこと。
56年生きてきて、出されたものを残したのは1度だけしかない。

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あの日のことは忘れもしない。
特別に暑い夏だった。
玉川大学のスクーリングに通ったときだった。
昼休み喫茶店に入った。

野菜炒め定食を頼んだ。
出てきた料理を見て唖然とした。
野菜炒めとは名ばかりで、殆どが玉葱だった。
たしかに、玉葱は野菜ではある。

誰が見ても野菜である。
それは認めよう。
しかし、玉葱ばかりの野菜炒めなんて聞いたことないし、見たこともない。
白い皿に細くきられた玉葱がピラミッドのように盛ってあった。

愚痴ったところで玉葱が野菜に(?)変わる訳でもないし覚悟を決めて食べることにした。
玉葱は嫌いな訳ではない。むしろ好きなくらいだ。
順調なすべり出しだ。快調に飛ばした。
ピラミッドは半分ぐらいに減った。

でも、半分ぐらい過ぎてから異変が起きた。
口の中がヌチャヌチャ、ヌルヌルしてきた。
そればかりなら良かった。
玉葱のあの独特な匂いが口の中に充満してきた。

匂いは鼻腔を通して脳にまで達してきた。
鼻からSLの吐き出すような白煙が出ているような気がした。
目から涙も出てきた。
喉もひりひりしてきた。

必死になって食べたが、ついに力尽きた。
3分の1を残して白旗をあげた。
1度だって残したことのなかったプライドは引き裂かれた。
生まれて初めて出されたものを残した。

おてんとう様に申し訳ないと思った。
食べるものもなくて、飢えて死んでいく地域の人に悪いと思った。
料理を作ってくれた人に悪いと思った。
好き嫌いのない私を創ってくれた両親に悪いと思った。

でも、仕方がない。
どんなに努力したって出来ないものは、出来ないのだ。
ピラミッドの残骸を見て思った。
これは唯一の汚点になるだろうと!

以来、出されたものは残したことはない。
全て平らげてきた。
自慢できることはこれくらいだ!
大きな声で言えないが?
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by cocoroshien | 2008-04-21 03:00

続・若葉

若葉の頃は出会いと別れが交差するときでもある。

出会いは喜び、別れは悲しみ。

出会いは希望、別れは失望。

出会いは握手、別れも握手。

出会いは春、別れは秋。

出会いは明るい、別れは暗い。

出会いはTシャツ、別れはコート。

出会いは桜、別れは菊。

出会いは朝陽、別れは夕陽。

出会いは始まり、別れは終わり。

出会いは共生、別れは自立。

出会いは赤ちゃん、別れは老人。

出会いは燕、別れは雁。

出会いはチャンス、別れもチャンス。

出会いはプラス思考、別れはマイナス思考。

出会いは誕生、別れは死亡。

出会いはブルー、別れはグレー。

出会いは結婚、別れは離婚。

出会いはキリスト、別れはブッタ。


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出会いから多くのものを得た。

別れから、それ以上のものを得た。
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by cocoroshien | 2008-04-16 01:48

若葉

秋の紅葉もいいが、春の若葉はもっといい。
紅葉が大人の装いなら、若葉は若者の装いだ!

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桜の花びらと入れ替わるように、新しい芽が吹き出してきた。
山に目をやると緑一色の中に、淡い黄緑が混じりだしている。
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by cocoroshien | 2008-04-15 03:19

続・講演

二人目の講師は教会の牧師で鈴木啓之先生。

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先生の経歴がすごい。
経歴だけで充分存在の意味があり、講演の内容はどうでもよかった。

ヤクザ歴17年。
17歳のときにヤクザの世界に入る。
逃亡生活の末に教会に逃げ込む、と聞くだけでその人のなりが分かりそうな気がする。
2001年に上映された映画「親分はイエス様」のモデルでもあるらしい。

3人目は本日のメイン行徳哲男先生。

先生は「まぎれもない自分」を取り戻すことの大切さを教え続けている。

私は、先生の主宰する『BE訓練』に参加したあとだったので、新しいものは感じなかった。
ただ、自分とは何なのだということについて認識は深められたと思う。

先生はよく言われる「現代人は考えすぎる」と。
「考えて解決する問題など皆無である。問題を解決するには行動しかない。
考えることは行動にブレーキをかける。考えるから行動しない」

きわめて逆説的である。
中には、考えることによって解決できる問題もある。
しかし、考えることによって解決できる問題はたいしたことではない。
なぜなら、そんな問題では悩むことがないからである。

先生の教えで一番いいことは、とにかく簡単であること。
「考えるから行動しない」などは、小学生にも説明が出来るのではないだろうか?

3人の講演会はそれぞれに楽しかった。
しかし、時間の配分が窮屈だったような気がする。
一人だけの講演でも、充分に意味があったと思う。
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by cocoroshien | 2008-04-14 00:39

講演会

3人の講演会を聴いてきました。
テーマは『凛と生きる』でした。

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凛として生きるとは?

きびしく生きる。
りりしく生きる。
きりっと引き締まって生きる。

こんな生き方だろうか?
だったら、私にもっとも必要なことだと思いました。

なぜなら、私は、この真反対にいるような人間だからです。

最初の講演者はゴルフティーチングプロのマイク小西先生。
人間にとってもっとも大切なことは『姿勢』と言われました。
姿勢は心身に多大の影響を及ぼしているそうです。

姿勢を正すことによって、自然に腹式呼吸もでき、明るく元気になるとか。
もちろん、心の病なんて、姿勢の正しい人には住みつかないとも。

先生は、子供たちの姿勢の悪さに愕然とされたそうです。
でも、これは、子供たちに原因があるのではなく、教えることを怠った大人に原因があるそうです。つまり子供は被害者で、大人が加害者だと。
これからは、幼稚園の子供たちから、姿勢について教えていく事の必要性を強調されました。

姿勢について前々から感じていることがあります。
それは、テレビのトークショーや討論番組に出てくるコメンテーターの姿勢の悪さです。

彼らを見ていたら、知識の豊富さは感じますが、知性のかけらも感じません。
彼らの目の前には一応聴衆がいるのですから、もう少しエリをただしてもらいたいものです。

最後に、ゴルフも人生も同じとおっしゃいました。

つまり、目標を定め、それを見失うな、ということです。

何事もそうだが、一流になった人の言葉は、全て人生に結びついている。
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by cocoroshien | 2008-04-11 01:50

第2弾・義母さん

とにかくフットワークがいい。
電話に出るのがメチャクチャ早い。

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その動きは92歳とは思えない。
まるで、カマキリが獲物を取るように、電話機をつかむ。

あの技は何処で習得したのだろうと思うくらいすごい。
何せ、私より早いのだから。

義母さんは1階にいる。
私は2階にいる。

電話の呼び出し音がなる。
一瞬の差で義母が早く取る。

下から声がする。
「みつるさん、電話よ」

その後の言い草が面白い。
「耳の遠かけん、なんて言いよらすか、いっちょん分からん」

だったら、電話に出なければいいのに、と思う。
でも、義母さんにはそんなことは口が裂けても言わない。

なぜなら、義母さんのフットワークを鈍らせたくないからだ。
義母さんの特技を奪いたくないからだ。

義母さんは、パブロフの犬のように、これからも電話を取り続けるだろう。
呼び出し音が鳴った瞬間、目にもとまらぬ速さで!

《追加》
義母さんは、数人の友達の電話番号を覚えている。
短縮番号とか、携帯とか使わない。
たまに、間違ってかけているときがある。
そのときの言い草がまた面白い。

「すんませ~ん、番号のちごうとったごたる」
多分、相手は、何を言われたかわかんないと思う。
人間、このくらいおおらかだと、心の病なんて無縁だろう!
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by cocoroshien | 2008-04-08 23:15

就職列車・西海

就職シーズン。
旅立ちのとき。e0127995_23193761.jpg

佐世保から東京までどのくらいかかったのだろう。
急行西海に乗り込んだのが昼過ぎだった。
着いたのが夜だったから、24時間以上は列車に揺られていたことになる。
と、唐突にはじめても分かりませんね。
およそ40年前の話しです。

故郷の福島(伊万里湾の中に浮かぶ島)を出たのは早朝でした。
父と船に乗って、浦ノ崎というところに渡りました。

早朝ということもあって見送りはほとんどいませんでした。
寂しい旅立ちだったような気がします。

就職シーズンにもなると、湾は見送りで賑わっていました。
長く伸びた紙テープが風に舞っていました。

旅立つ子供たちを乗せた船は汽笛を鳴らしながら湾の中を周回しました。
ブラスバンドの蛍の光が別れを一層盛り上げました。

でも、私のときは母が一人だけでした。
友達はすでに旅立った後でした。

それから、何処をどのようにして行ったのか分かりませんが、
佐世保駅のプラットホームに並んでいました。

ホームは関東・関西方面に就職する人たちで一杯でした。
汽車に乗り込むまでの時間が途方もなく長く感じました。

やっと、乗り込んで座席に着いたものの、周りは知らない人ばかりで希望よりも、
不安で一杯でした。

発車前に父が来て、雑誌とお菓子をくれました。
父と、どんな言葉を交わしたのか記憶に残っていません。

父は、無口でしたから何も言わなかったかもしれません。
でも、妙にひげ面の父の顔は記憶に残っています。

その父も2年前に他界しました。

西海は多くの若者を都会に運びました。
その若者たちは、いま定年を迎えようとしています。
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by cocoroshien | 2008-04-08 00:39