こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

<   2008年 10月 ( 31 )   > この月の画像一覧

涙の理由

知り合いの告別式に行ってきた。

亡くなられた方は91歳。

ここ2年は寝たきりの状態だった。

でも、一応大往生。

皆さん平静に受け止められていた。

号泣する人はいなかった。

e0127995_23275031.jpg


ところが、いよいよお別れというときになって、他をはばかることなく泣いている人がいた。

20歳前半の青年で、とても爽やかな印象を受けた。

亡くなった人のお孫さんで、小さい頃お守りをしてもらったらしい。

その時の情景が蘇ってきたのだろう。

涙の理由はそこにあったのかもしれない。

しかし、その因果関係は摩訶不思議である。

事実としての死だけでは涙は出ない。

そこに、情が加わったとき涙が出るのだ。

涙の理由は科学的に証明できるだろう。

簡単に!

でも、して欲しくない。

人それぞれ理由があって涙を流すのだから、共通の涙の理由なんて知る必要はない。

その人だけが知っている涙の理由を大切にして欲しい。

爽やかな青年から、涙の理由を教えてもらった。
by cocoroshien | 2008-10-31 23:54

一番遠い思い出

縁側で従兄弟と対面した。

それが私にとって一番遠い思い出。

e0127995_2251339.jpg


季節は春。

庭は一面イワシが干してあった。

鱗がキラキラ輝いていた。

一段落した昼下がり、縁側で談笑している。

「もうすぐばい」

「そうね、もう少しの辛抱ね」

「きつかね~」

「そうね、きつかね~」

「でも、楽しみたい」

「そうね、楽しみたい」

一人は私の母、そしてもう一人は従兄弟の母。

お互い、膨らんだお腹をさすりながら話している。

私は、母の内側からお腹に耳を当てて様子を伺った。

たぶん、従兄弟も同じ事をしていたと思う。

ときおり、上の方から母の声が聞こえる。

話すたびに、開いた口から光が入ってくる。

上の方でホタルが点滅しているようだ。

57年前の夏、私たちは同じ時期に生まれた。

胎内にいたので相手は見えなかったが、確かに逢った感覚がある。

その時が、私にとって一番の遠い思い出だ!

彼とは、友達以上、兄弟以上の関係の中で育ってきた。

数々の思い出を創りながら!
by cocoroshien | 2008-10-30 23:57

キャンパス

今月は大学の門を2回もくぐった。

18日に福岡大学の栄養素セミナー。

そして、今日は佐賀大学のビジネスコミュニティネットワークに参加するため。

e0127995_126464.jpg


今日のテーマは『健康長寿を目指した食品と運動』でした。

簡単に言うとメタボ対策のことで、その為にはどんな食品を取るべきか、またその食品は地元

佐賀にありますよ、農商工が連携して大学から出た芽を育ててみませんかと言う内容でした。

正直あまり面白くなかった。

しかし、久しぶりに大学の教授の講義を聞いて脳が活性化された。

それに、若い人が回りにたくさんいて刺激を受けました。

やはり、若い人と机を並べて勉強するのはいいですね。

将来、機会があったら勉強するために大学の門をくぐりたいと思いました。

……

大学で若い人を見ていたら、息子達のことを思い出しました。

今頃、どうしているだろうか?

ちゃんと学校行っているかな?

食事はちゃんとしているかな?

大学生になっても、心配事は少しも変わりません。

それは、息子達の成長に、私がついていけないからだろうか?

それとも、本当に息子たちは成長していないのだろうか?

私も人並みの親だ!

人並みの心配をするようになった。
by cocoroshien | 2008-10-29 23:56

非科学的

我輩は非科学的な人間である。

すごく曖昧である。

e0127995_11552293.jpg


科学が嫌いな訳ではない。

大好きだ!

でも、非科学的だ!

大袈裟だが私の思考法は芋吊る式。

連鎖していくのが好きだ。

好きと言うよりそれしかできない。

ひとつの事を深く考えていくことなどできない。

それは、文章に如実に表れている。

文章と言ったが、文章には程遠い。

言葉の連鎖といった方が正解だ。

だから、次々に脱線を繰り返す。

挙句の果てにたどり着いたところは自分にも分からない。

将棋や囲碁をしていても同じ。

深く考えられない。

2手ぐらいよんで終わり。

だから強くなれない。

負けても、悔しくない。

こんな人間だが、いいこともある。

それは、あまり悩まない事だ。

正確に言うと悩めない事だ。

なぜなら、ひとつの事を思いつめて悩むだけの能力がないからだ。

悩むには、考える能力が必要だと思っている。

科学的な、論理的な、能力が。

我輩にはその能力がない。

だから、悩める人が羨ましいと思うことがある。

悩める人=能力のある人=頭のいい人

この図式に当てはめると我輩は頭の悪い人になる。

でも、それは仕方のないこと。

57年間自分で積み上げてきたものだから。

自分に必要と思われるものだけ取捨選択して。

と、いうことはつまり、意外と中身は科学的かもしれない。

これが、芋吊る式連鎖法という奴だ。
by cocoroshien | 2008-10-28 12:27

温もり

東京にいた頃半年間賄い夫をしたことがある。

郊外の工場に勤めていたとき、近くに飲食店がなかったので皆の夕食を作った。

e0127995_0414374.jpg


皆と言っても私を入れて5人。

定時に終わって近くのスーパーに買出しにいった。

スーパーと言っても今みたいな大型店でなく、いくつかの店が寄り集まって出来たものである。

雑貨屋、八百屋、魚屋、肉や、駄菓子屋、などなど。

毎日買い出しに行ってると、店主や買い物客と顔馴染みになった。

顔馴染みになると買出しに行くのが楽しくなった。

肉屋の小父ちゃん、八百屋の娘さん、魚屋の小母さん、そして近くのスナックのママさん。

ここには温かい人間関係があった。

ほのぼのとした温もりがあった。

肉屋の前を通ると小父ちゃんが不器用な笑顔をくれた。

八百屋の娘さんは、恥ずかしそうにアイコンタクト。

魚屋の小母さんは、こぼれそうな笑顔でうなずいてくれた。

そして最後は小気味の良いママさん。

ママさんに「吉田君」なんて声をかけられた時は、身も心も弾んだ。

買い物に行く振りをして実は出会いを求めに行ったのかもしれない。

温もりのある出会いを。

買い物は半年で終わった。

夕食はスナックでするようになった。

ママさんの手料理で。

もっと身近なところで温もりを感じながら!
by cocoroshien | 2008-10-27 23:49

病気

分かりきったことだが、病気は心身をむしばむ。

元気だった人が、一気に弱っていく。

e0127995_23311884.jpg


近所に80歳位のご婦人がいた。

とても元気で、街まで5キロほどの道のりを自転車で出かけるほどだった。

頭もはっきりしていて、口八丁手八丁な人だった。

半年ほど前になるが、脳梗塞で倒れて以来入退院を繰り返すようになった。

それ以来、元の元気な姿は見る影もなくなった。

今では、杖をつかなければ外に出られなくなったそうです。

その方は、若いときに長崎で原爆に遭われました。

原爆症と認定されています。

もしかすると、それが原因で一気に病状が進んだのかも知れません。

どちらにしろ、年を取ったら余り無理をしない事だ。

無理をしないために、各器官や機能が衰えていくのだから。

別の言葉で言うなら、自然に逆らうなということだろう。

自然に逆らったお陰で、どうしようもないことが起こっている。

自然に対して謙虚にならなければいけない。
by cocoroshien | 2008-10-27 00:00

ファッション

おそらく、古い人間の、古い考えだ。

それを承知で読んで欲しい。

e0127995_23583016.jpg


そもそもファッションって何だろうか。

辞書を引くと、はやり、流行、転じて服装とある。

最近博多に行くことが多く。

嫌がうえにも、そのファッションとやらが目につく。

昔に比べ個性的になったと思う。

昔は、パンタロンが流行ると、猫も杓子パンタロンだった。

ミニが流行るといっせいにミニに走った。

話はそれるが、そのミニにはホロ苦い思い出がある。

スカートの長さが、ひざ上10センチ、20センチ、30センチ、といわれた。

見えるか、見えないか、ギリギリのものは超ミニと言われていたような気がする。

ひざ上50センチはさすがになかった。

あったら、それはミニスカートと言わないだろう。

何というかは、今日のテーマではない。

当時私は17歳。初心に毛が生えていた。

田舎から出てきて2年目ぐらいだった。

靴の製造工場に勤めていた。

仕事はミシン掛け。

女の人と向かい合わせに座り仕事をしていた。

ミニが流行ったときは、目のやり場に困った。

ミシンを掛けようと思い前を見ると、スラーとした足が見えた。

白い足がチラチラして仕事に専念できなかった。

専念しようと思えば思うほど、足が気になった。

先輩に言うと気にするな、といわれた。

気にするなと言われても、チラチラを払いのけるほどの男にはなれなかった。

その時、思ったものだ、女性は摩訶不思議な生き物だ、と!

二律背反という哲学的な用語があるが、女性はまさにこれに当たる。

スカートを少しでもめくるものならひっぱたく。

しかし、平気で足をあらわに出している。

それは、個性的な今も変わりはない。

長い足を大胆に出してこれ見よがしに組んでいる。

ファッションは着る人のためではなく、見る人の人の為にあるのかもしれない。

どう見られているか、それが問題だ!

まるで挑発しているようだ!
by cocoroshien | 2008-10-25 23:29

地下生活者の手記

「私は病的な人間だ……私は意地悪な人間だ。私は人好きのしない人間だ」

そして「単に意地悪な人間ばかりでなく、結局何ものにもなれなかった。悪人にも、善人にも、

卑劣感にも、正直者にも、英雄にも、虫けらにもなれなかった」  
                              
                             ドストエーフスキィ 「地下生活者の手記」より

e0127995_22261185.jpg


Aさんは仕事は良くできたがムラがあった。

周りからは「自分勝手な奴」と思われていた。

その彼が無断欠勤をした。

挙句の果てに会社を辞めた。

あとで聞いたところによると、人間関係が原因だったらしい。

その彼と話をしていて思い出したのが、地下生活者の手記の主人公の言葉だった。

「結局、何ものにもなれなかった」

そう、結局何ものにもなれなかったのだ。

もし彼が本当に「自分勝手な奴」だったら、人間関係で悩むこともなかったはずだ。

彼は、周りの人間に「自分勝手な奴」と思わせる必要があったのだろう。

それは、自分にも分からない何かが。

彼に限らず、意外と皆そうかもしれない。

結局何ものにもなれないから、悩むのだ。

善人でも、悪人でも、どちらかに成りきることができれば悩む必要はない。

悩みの根源にあるのは、あれか、これか、だ。

どちらかに落ち着いたとき、悩みは解消する。

成りきるということは、なりたい自分になることだ。

なりたい自分になる方法のひとつにカウンセリングがある。

カウンセリングを受けて、なりたい自分を見つけるのも悪くはない。
by cocoroshien | 2008-10-24 23:47

雨乞い伝兵衛

こんなのをゲリラ豪雨というのだろう。

ボンネットに穴が開くのではないか、と思うほどの大粒の雨が車を叩いた。

e0127995_23193758.jpg


大粒の雨を全身に感じながら考えた。

久しぶりの雨だ、と。

そう感じさせるほどの大粒の雨だった。

ワイパーをフルスピードで動かし、必死で前方に目を凝らした。

そんな余裕のない状況で浮かんだのが『雨乞い伝兵衛』のこと。

伝兵衛は落語に出てくるヒーローである。

何もこんなときに出て来なくていいのに、と思う。

でも、これは仕方のないこと。

私には、脳の働きを管理することなどできない。

とにかく訳分からんけど、伝兵衛が出てきた。

……

日照りが続き田んぼは干からびてしまっている。

庄屋さんはたまりかねて、伝兵衛を訪ねるのである。

「伝兵衛、雨を降らせてくれ、雨を降らせてくれたら、娘を嫁にやる」と。

伝兵衛はそんなことできる訳がない、と言って眠りにつく。

翌朝目が覚めると音をたてて雨が降っている。

まさに「車軸を下ろす」ほどの雨だ。

桂枝雀の「……車軸を下ろす……」の部分を聞いたときは、さすがとうなった。

表現が実に巧みで、明瞭に豪雨を想像できた。

……

辻褄が合った。

ボンネットを叩く雨から、車軸を下ろすを連想し、伝兵衛に繋がったのだ。

そして、病室のベットの上で、お腹を抱えたのを思い出した。
by cocoroshien | 2008-10-23 23:55

松茸ご飯

あるご婦人に、居候ですから「三杯目はそっと出す」と言ったら。

今どきご飯を三杯食べる人いるとね、と鋭い突っ込みを入れられた。

確かに今どきご飯を三杯食べる人は少ない。

噂だって聞いた事がない。

e0127995_213711.jpg


でも今日は4杯も食べた。

3杯は友達の家で。

1杯は我が家で。

我が家の一杯はおまけみたいなもの。

満腹状態だったけど、せっかくの妻の手料理。

箸をつけないわけにいかないと思い無理して食べた。

お腹がパンパンになり、おへそが切れ長の細目みたいになった。

話しがとんでもないところにそれた。

本当は松茸ご飯の話をしたくて、タイトルを松茸ご飯にしたのだ。

出来事は、偶然か必然か?

そんなくだらないことはどうでもいい。

とにかく、幸運はとんでもないところからやって来る。

今日は用事があったのでアルバイトを早目に切り上げる予定だった。

ところが、急ぎの仕事が舞い込んで残業する羽目になった。

遅くなったついでに友達の家に寄った。

ミカンをあげるから、取りに来いという誘いを受けていたのだ。

友達の家によると、上がって行けという。

それが、幸運の始まりだった。

食事をしていけ、と出されたのが松茸ご飯だった。

で、松茸ご飯を3杯食べたのだ。

ご飯を3杯食べた理由がお分かり頂けただろう。

とにかく美味しかった。

唯一、それだけの理由で食べたのだ。

友達の親爺さんは毎年松茸狩りに行くらしい。

去年は10本の収穫があったとか。

……

「親爺さん、来年もこの時期に来るので、達者にしとってください」と言って家を辞した。

30キロの新米と早生ミカン1箱お土産に貰って。
by cocoroshien | 2008-10-23 02:51