こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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誕生日

知人がブログにこんなことを書いていた。

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『誕生日を大切にしてくれる人=大切に思ってくれる人

私には、こんな枠組みがありました。

確かに、今年のお誕生日も近しい友人からはメールや電話やプレゼントが届いています。

逆を言うと、お誕生日に連絡をくれなかった人は、私のことを大切にしていない・・・

なんて判断してしまうことがありました』

知人の誕生日は過ぎていたが、「大切にしていない」と思われるのも心外だからオメデトウのメールをした。

すると、ハハハと笑われてしまいました。

やはり、時期を失するとだめですね。

誕生日の贈り物やメッセージは旬でないとよくないですね。

誕生日に疎いのはたぶん生い立ちにあると思う。

小さい頃は誕生日を祝うなんて風習はなかった。

両親をはじめ周りの人間から祝ってもらったことはない。

誕生日にケーキを食べたいといったことがある。

すると親父が「芋練りでも食べていっちょけ」と言った。

こんな具合だから、プレゼントやメッセージには程遠かった。



自分の子供たちには、誕生日に本屋に連れて行き好きな本を買ってやった。

本の好きな人間になって欲しいという目論見があった。

だが子供たちは思うようにはいかなかった。

読書の好きな子にはならなかった。
by cocoroshien | 2010-04-29 21:13

森の案内人

知人が森の案内人というのをしている。

どんな内容なのか行ってみた事がないのでわからない。

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ただ単純に想像すると、森の散策のお手伝いかなと思う。

もし、そうだったら行ってみたいなと思う。

小さいころよく森の中に入って遊んだ。

稀少植物(欄)を探したり、小動物を捕まえたり、櫓をこしらえたり。

森の中に入るとホッとした。

いいようのない安堵感に浸ることができた。

胎内にいるような安堵感に。



高校のとき先生に薦められて、ソローのエッセー『森の生活』を読んだことがある。

今ではその内容は全く忘れたが、当時の読んだときの感情はいまだに残っている。

『森の生活』を片手に、森の案内人の話に耳を傾け、胎内を散策したくなった。
by cocoroshien | 2010-04-29 21:08

ムカつく

無性にムカついた。

こんなにムカついたことは久しぶりである。

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原因はたいしたことではない。

ただ、その方の口から出る自慢話にムカついただけである。

ムカつきはその日1日続いた。

今も続いている。

きっと、この分だと明日も続くだろう。

もしかすると、永遠に続くかも。

その方の口から出る言葉に対しては。

「何を言ったかではなく、誰が言ったかである」とよく言われる。

言葉に意味はある。

しかし、それ以上に誰が言った言葉かは、それ以上の意味がある。

同じ言葉も誰が言ったかによって全く違ってくる。

「好き」といわれて有頂天になるときもあれば。

「好き」といわれてバカにするなと思うときもある。

人間は感情の動物である。

ただ単なる言葉に惑わされて我を忘れる。

仕方がないから、いっときムカついているか!
by cocoroshien | 2010-04-28 21:00

表現力

電話相談で一番大事なことは何だろうか?

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勿論第1番は聞くことである。

そして、2番目は表現力だと思う。

話を聞くと心が動く。

その動いた心を如何に表現するか。

共感はこの二つでなりたっている、と言っても過言ではない。

それはあたかも、太鼓を打ったときの響きに似ている。

力強く打てば、力強く返ってくる。

柔らかくうてば、柔らかく返ってくる。

打ち手は話し手。

聞き役は響き役。

如何に響くかは、打ち手によって決まる。

表現力は如何に響くかである。
by cocoroshien | 2010-04-27 17:13

田舎

抜けるような青空が広がっていた。

春なのに春風らしからぬ風が吹いていた。

陽光に照らされた新緑は瑞々しく輝いていた。

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薄暗い竹林を抜けると猫の額のような公園があった。

その横に小さな墓地があった。

うっそうと茂った雑木が墓地に覆いかぶさっていた。

何処からともなく、うぐいすの鳴き声が聞こえてきた。

肌寒いころに聞いたうぐいすの音色と違っていた。

小高い丘に登るとキラキラ輝いている海が見えた。

田舎に行くと癒されるというより、安心できる。

ユッタリとその身を時空に預けることが出来る。

……

どんなに気取っても、美辞麗句を並べても田舎のよさは書きつくせない。

田舎の原風景に触れたときに感じる、あの細胞のどよめきは表わすことが出来ない。

それは、私すら知らない、個々の細胞だけが知っている。
by cocoroshien | 2010-04-25 19:57

法事

最近、やたらと法事が多い。

去年は9件、今年はすでに4件あった。

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今日は叔父さんの法事に出かけた。

早いもので叔父さんが亡くなって1年になる。

若いときの叔父さんは心身共に鉄人見たいな人だった。

夜はイワシ漁に出て朝方帰り、昼間は養鶏をしていた。

いつ寝ているのだろうと子ども心に思っていた。

スポーツマンで酒も、タバコも飲み、人付き合いがよく、部落の中心人物だった。

戦時中原爆にあい背中には一面ケロイドのあとがあった。

亡くなったとき、叔父さんも不死身ではないんだと思った。

法要の挨拶で息子さんが言った。

「昨日、親父が大切にしていた、石斛(せっこく)に淡紅色の美花が咲きました」と。

そういえば叔父さんは、石斛や欄や椿の栽培が好きだった。

寸暇を惜しんで栽培を楽しんでいた。

石斛を指差しながら、自慢していた叔父さんを思い出した。
by cocoroshien | 2010-04-25 19:15

言葉

経験者の言葉は重みがある。

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「楽しいことがあるから生きるのではない」

「命があるから生きているのですよ」

「生きている限り、やるべき事はたくさんあるでしょう」

中学のとき交通事故にあい、半身不随の状態で15年間闘病生活をしている人の言葉である。

この言葉を私は直接聞いたわけではない。

8年間うつ病で苦しんでいる人から聞いたのだ。

この方が半身不随の人に会ったとき、「生きていくのが辛い、楽しいことなんて何もない」

と、言ったらこの言葉が返ってきたそうだ。

そのとき、打ちのめされたそうだ。

生きていこうと思ったそうだ。

……

こんな言葉は私が言ったところで何の重みもない。

経験者の口から出たとき真の重みがあるのだ!
by cocoroshien | 2010-04-24 22:35

絶滅

地球は6回目の生物の絶滅の危機を迎えているらしい。

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第五回目の絶滅の危機は13000年前の最終氷河期に訪れている。

このときにかなりの生物は死に絶えたらしい。

この日を境に生き残った生物は生き残りレースのスタートラインに立ったのである。

幸いにも私がこうして生き残っているのは、名もなき先祖たちのおかげである。

彼らが種の保存の競争に勝ったから今の私がいるのである。

何も、坂本竜馬が維新を駆け抜けたからいるわけではない。



遅ればせながらジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』を読んだ。

その中で著者はオーストラリア・ニュウギニアの大型動物は、人間によって絶滅されたと仮説を立てている。

著者の説を信じるなら、13000年以降種の保存は人間の手の中にあるといっても過言ではない。

つまり、種の絶滅は人間によって大きく左右されているということである。

増えすぎると間引きをし、少なくなると保護をする。

そんな出鱈目な人間に種の保存は託されているのである。

出鱈目な人間の一人として、何をすればいいのだろうか?

人類は真の解決策を見つけているのだろうか?
by cocoroshien | 2010-04-23 23:45

他人事ではない

その彼は満面の笑顔を湛えて言った。

3人の友人が自殺で亡くなった、と。

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笑顔の裏側にあるのは何だろうか。

もう、笑うしか他に表現のしようがないのだろうか。

だとしたらこれほど辛いことはない。

話を聞いていたら、なぜそこまでして仕事に打ち込むのだろう。

なぜそこまでして人間関係を気にするのだろう、と思った。

自分を犠牲にしてまで、会社に捧げる必要性があるのだろうか?

自分をぶち壊してまで突き進む必要があるのだろうか。

彼の話を聞いていたら、他人事では済まされないと思った。
by cocoroshien | 2010-04-22 10:37

いつか死ぬ

親しい人が死ぬといつも思う。

人っていつか死ぬんだ、と。

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当たり前のことである。

当たり前すぎて今更って感じもしないではない。

しかし、自分や自分の周りの人は例外と思っている。

何か死なないような気がする。

「まさか、あの人が」という言葉にはそんなニュアンスが含まれている。

中学のPTAに関わっていたときお世話になった事務局の人がいた。

とても面倒見がよくて大変お世話になった。

その方が亡くなり、今日通夜が行われた。

棺に横たわる氏を見て思った。

「やはり、人間って死ぬんだ!
by cocoroshien | 2010-04-21 00:39