こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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家族狩り

5年前ヘルニアで入院したことがある。

そのとき同じ病棟に入院していた小学校の先生に教えてもらった。

天童荒太の『家族狩り』のことを。

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とても感動した記憶がある。

機会があったら再読したいと思っていた。

SSWになって学校訪問をして問題の聞き取りをしている。

聞き取りをしていると『家族狩り』のことが頭に浮かんできた。

5年前のことが今に繋がった。

それで、昨日から読み出している。

生々しい表現はくどいと思うこともないが、現実のことを思うと丁度いいのかもしれない。

刑事の馬見原光毅。

高校教師の巣藤浚介。

児童相談所の氷崎遊子。

女子高生の傷害事件をきっかけに3人は運命的な出会いをする。

そして「悲劇の奥底につづく長き階段が姿を現す」

家族間の問題は普遍的である。

何時の時代にも生々しい事件は後を絶たない。

痛ましい事件が起きるたびに寒々としたものを感じる。

でもそれはどこか遠いことのように思えて真の共感には至らない。

それは私だけではなく殆どの人が感じることなのかもしれない。

まともに受け止めていたら、心はカサカサになりそうだから。

……

『家族狩り』を読んでいると胸が締め付けられる時がある。

それだけ、心の中に家族に対する想いがあるのだろう。

『家族狩り』

読書の秋。

読まないと損をしますよ!
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by cocoroshien | 2010-10-31 21:39

現実を知る

中学生に現実を教えるにはどうすればいいか。

現実を見せることだ。

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中学生が就職したいとやってきた。

「バカこけ、高校生や大学生だって就職できないのに、できるわけないやろ!!!」

「現実をみろや、現実を」

と、言っても中学生には分からない。

そんなときは生の現場を見せることである。

先ず、ハローワークに行って大人でごった返している現場を見せる。

次に民間の中小企業で働いている現場を見せる。

多分これだけ見せたら何の説明をしなくても自分で気づくのではないだろうか?

現実というものに!

もっとも、現実が分かったからと言って行動が変わるとは限らないけど。
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by cocoroshien | 2010-10-30 22:17

電流にうたれたように!

視点を変えてみる。

これはとても大切なこと。

しかし、中々できるのもではない。

特に年を重ねていくと、ますますできなくなる。

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私もかなり重ねてきた。

だから、脳みそはこわばり、神経は動きが悪い。

視点を変えるなんてチョットヤソットではできない。

……

生憎今日は昼から外回りの仕事はなかった。

事務所で資料を読む仕事しかなかった。

眠くて、眠くて、仕方がなかった。

うつらうつらしながら資料を読んでいたときである。

突然電流が身体を駆け抜けていった。

その現象も凄いと思ったけど、それより凄かったのは視点が180度変わったこと。

その変わった視点から物事を考えたとき、すべてが解決できるのではないかと思った。

今までの考え方だったから問題は解決しなかったのだ。

バケツの縁を回るように何時まで経っても同じところを回っていた。

縁から外れて別の角度から眺めればよかったのにそれもできなかった。

視点を変えることは本当に難しい。

しかし、変わった瞬間視界が広がる。
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by cocoroshien | 2010-10-29 21:32

玄関

玄関を出たときに考えた。

ここから何回出入りしたことか?

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最低限に見積もって1日2回として1年で720回。

25年間で18000回多いのか少ないのか分からない。

多分どうでもいい行為だからピンと来ないのだろう。

継続は力なりっていうけど何にもならない継続だってある。

ただ、継続しないとことは始まらない。

単なる玄関を出るってことだって、出ないとことは始まらない。

人生はこういったつまらないものの積み重ねかもしれない。

よくよく考えたら劇的なものなんてそう度々あるものではない。
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by cocoroshien | 2010-10-28 21:09

ロジャーズ

『カウンセリングの神様』

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と、までいわれたが家族関係は苦渋に満ちたものだった。

2人の子どもの配偶者との仲は非常に険悪だった。

娘ナタリーの夫ラリーとは馬が合わず、結局ナタリーとラリーは離婚します。

一方長男のディビットとその妻コーキーも関係が悪化、ロジャーズの作戦通り離婚します。

すべてを失ったコーキーはその翌月自殺します。

決定的なことは妻へレンとの関係です。

妻が車椅子の生活になると関係は急速に悪化します。

個人的な問題に苛まれたロジャーズは次第に酒(ウォッカ)に溺れていきます。

そしてとうとう、

1975年8月10日午後11時72歳のロジャーズは知り合った女性と一夜を共にします。

……

このように、神様といえども家族関係は上手くいかなかったようです。

それに、何より、ロジャーズは人間らしい人でした。

ロジャーズは苦悩を乗り越えて「自分が自分」になることを実践しました。
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by cocoroshien | 2010-10-27 23:35

何時の日か

本を出したいと思っている。

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何時になるか分からない。

どんな内容の本になるのかも分からない。

できれば3冊出したい。

77歳のとき。

88歳のとき。

99歳のとき。

カメさんののように続けていれば何とかなるだろう。

何とかならなくても、失うものは何もない。

こだわる物だって何もない。

なんでもない日常を書けたらいい。

そのままの日常を!
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by cocoroshien | 2010-10-25 22:51

不良

不良に生きるのは結構難しい。

多分、まじめに生きるより勇気がいる。

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まじめに生きていれば皆から称賛される。

称賛されれば悪い気はしない。

周りの皆からもチヤホヤされる。

ところが、不良になると皆から批判される。

批判にさらされると生きるのが辛くなる。

批判を突き抜けて生きるだけのエネルギーがあるといいのだが、辛くなってまで生きたくはない。

かくして不良を貫くのは難しくなる。

でも、今の世は不良を貫けるだけのエネルギーが必要なのかもしれない。
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by cocoroshien | 2010-10-25 21:27

あるがままとは?

あるがままに生きるとはどんな生き方だろうか?

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あるがままだから、「そのまま」ということだろう。

だったら別に「あるがまま」なんていう必要もない。

道元の『眼横鼻直』

ロジャーズの『人が人になる』

森田正馬の『あるがまま』

も、結局おなじことではないだろうか。

ようするに自分探しの旅である。

あるがままの自分を探すのもおかしな話である。

そのままで良いのに、見失っているからだろうか。
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by cocoroshien | 2010-10-24 18:09

子どものために

子どものために何ができるのだろうか?

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正直何ができるのかいままで考えたことはなかった。

一応三人の子供を育てそれなりに考えたつもりだった。

ところが、いざ矢面に立ってみるとまったく真剣に考えたことがないことに気づいた。

意外といい加減に自分の子供に接してきたわけである。

これからは他人様の子供に接していく必要がある。

いい加減にはできない。成果が求められる。

還暦を前にして子どものことを真剣に考えなくてはいけないなんて考えたこともなかった。

子どものために何ができるのか?

投げかけられた課題はとても重い。

大切なことは諦めないことだ。
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by cocoroshien | 2010-10-23 22:06

カウンセラーと教師

カウンセラーと教師は考え方がまったく違う。

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おそらく水と油ぐらい違う。

男と女ぐらい違う。

否定と肯定ぐらい違う。

「~ねばならない」の代表が教師なら「~のままで良いよ」の代表がカウンセラーである。

こんなに違うものが学校内にいるのだから、学生は困っているだろう。

方や「学校に出てきなさい」というのに対して「そんな時期もあるよね」とやんわりいく。

今までは「~しなさい」と先生の権威と指導で事足りた。

しかし、今の時代はそれだけではすまなくなった。

教師とカウンセラーの2つの目が必要になってきた。
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by cocoroshien | 2010-10-22 22:59