こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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脳裏

何十年たっても脳裏に焼きついて離れない光景がある。

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多分、殆ど、99%以上は消え去っている中で、どうして残っているのだろう。

それらを拾い集めて、なぜ残っているのだ、と詮索したら面白いかも知れない。

親鸞聖人の誕生日を祝う席で、父は酒を飲んで大声で怒鳴っていた。

普段はおとなしく、寡黙で、酒に弱かったくせに。

友達に「お前の親父はすごかね」と言われても、悪い気はしなかった。

子供心に「どうしてあんなことをするのだろう」と思ったことはなかった。

でも、今思うと常に我慢していたのかも知れない。

結構、傍若無人に振舞っていたように思っていたのだが、

抑圧をしていたのかもしれない。

抑圧をしていたものが年に1度あそこで噴出していたのかもしれない。

腕を脱臼したときに母におんぶされて、骨接ぎ屋さんに行ったことがある。

玄関に入った途端大きな犬に飛び掛られた。

犬はとても苦手だったが、おんぶされていたのでなんともなかった。

母の背中にいたので安心していられたのだろう。

あの時何歳だったのかまったく憶えていない。

脳裏にくっきり焼きついているのだから5歳以上だったと思う。

今、歩いていくとしたら30分以上はかかる。

その道のりを、母は私をおんぶして往復したのだ。

その道は今も残っている。

その道を歩いている母を想像したら、涙が出てきた。

……

脳裏に焼きついたものは深い意味があるのだろう。
by cocoroshien | 2011-02-27 23:43

何を求めて?

東京にいるときから喫茶店が好きでよく通った。

街を歩いていて、感じのいい喫茶店があると入った。

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何を求めて入るかって。

それは、やはり、やすらぎかな。

フカフカのイス、広い空間、静寂、コーヒーの香り。

これだけ揃っていたら、満足!

そこで、ゆっくり本を読む。

あるいは、話しをする。

最近、そんな場所が少なくなった。

特に都会に行くと、狭い上にザワザワしている。

隣の声が良く聞こえる。

下手すると、袖が擦れ合うほどの空間しかない。

よくあんなあんなところで、お茶が飲めるもんだ、と思う。

でも、郷に入れば郷に従え。

て、いうか他にないので仕方なく入る。

……

今日は、有田で理想的な喫茶店に入った。

理想をすべてかなえてくれる喫茶店。

それは、私にとって、喫茶店という枠を超え、ひとつのやすらぎの空間とさえいえる。

一人で行ったので、カウンター席に座った。

コーヒーを飲みながら本を読んでいた。

左側にご婦人が座ったところまではよかった。

いっときすると右側に30前後の女性が来た。

しかも、かなりの美人。

途端に意識はバラバラになり、集中力はなくなり、目は右側に片寄ったままで戻らない。

やすらぎの空間は、ワクドキの空間に変わってしまった。

ワクドキの空間も悪くはない。

息のかかりそうなころに、まったく知らない赤の他人がいる。

「何処から?」と声をかけても不思議ではない距離感。

でも、声はかけなかった、というかかけられなかった。

喫茶店を出てから思った。

私は何を求めて入った?

やすらぎ感、それともワクドキ感?

……

ついでに、

彼女は、何を求めて入ったのだろうか?

と、心の中でつぶやいた。
by cocoroshien | 2011-02-26 18:48

キャッチボール

若い人とキャッチボールをするのは何年ぶりだろう。

あまりにも遠い過去のことなので思い出すのも億劫だ。

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汗をかいたのも久しぶりだ。

額から汗が流れ落ちてきた。

見上げると、斜面に梅の花がチラホラ咲き出している。

かすかに、梅の花の香りがする。

若いときは何でもなかったことも、年をとると新鮮に思えてくる。

たかがキャッチボールだけど、すごい意味があるような気がする。

受け止めて、投げ返す。

ただ、これだけのことなのに。

受け止めただけでは、キャッチボールにならない。

投げ返してはじめてキャッチボールは成り立つ。

でも、基本は受け止めることだ。

しっかり受け止めると、相手は安心する。

安心すると、何でも投げたくなる。
by cocoroshien | 2011-02-25 01:16

あれから……

あれから40年たつかな。

東横劇場で仲代達矢の『どん底』を見てから。

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その、仲代さんの演劇を見た。

ゴッホの生き様を描いた『炎の人』

37年の生涯を終えたゴッホを、78歳の仲代さんが演じたわけだが、

かなり、無理があったような気がする。

ただし、演技力、体力、には脱帽。

あの、若さは何処から来ているのだろうか。

ああいったものを見せられると血が騒ぐ。

熱意を持ってやりたいことに没頭すれば、何かが出来そうな気がする。
by cocoroshien | 2011-02-24 01:00

続・坑内

炭坑も、縦に掘ったもの、横に掘ったもの、斜めに掘り下げていったものなど色々あった。

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今思い出すだけでも不気味な炭坑があった。

そこは肝試しをするにはもってこいのところだった。

Mはそこに行くたびに背筋が凍りついた。

なのに、そこに行きたがった。

怖いもの見たさだったのだろう。

その炭坑は斜めに掘ってあった。

緩やかな下りの勾配になっていて。

坑内の中央にトロッコの通る線路が暗闇の中に向かっていた。

線路伝いに坑内に入っていくとやがて行き止まりになった。

行き止まりと言っても、坑内の行き止まりではなく、水が溜まっていて行けなかったのだ。

暗闇の中に、表面が黒光りした水が浮かんでいた。

その水の色や状態が不気味だった。

暗闇の上に不気味な水がベッタリとへばりついているようだった。

その水の中から何が出てきそうだった。

それほど、水を湛えた坑内は、不気味だった。

でも今はこの坑内も埋め立てられている。

坑内の上には木木が生い茂り跡形もない。

現実の坑内は埋め立てられたが、Mの坑内は埋め立てられない。

今も不気味な水が坑内を漂っている。
by cocoroshien | 2011-02-21 02:42

坑内

Mにとって忘れられない場所がある。

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それはあちこちに掘られた炭坑跡である。

廃坑になり、埋め立てられずに残ったものだ。

戦時中は防空壕として使っていたらしい。

昼間でも暗く手探りで中に入っていった。

怖いもの見たさだったのだろう。

それにしても、実に恐ろしくて危ない遊びだった。

ジメジメした坑内の中には、身の毛もよだつゲジゲジがいた。

そんな中に入っていったのだからまさにアホとしか言いようがない。

入り口から入り、出口に出たとき、眩しい明かりが目に飛び込んできた。

そのときの嬉しかったこと、実にバカバカしいが言葉に尽くせないほどだった。
by cocoroshien | 2011-02-21 01:25

炭鉱街

炭鉱街は隔離されたように島の片隅にあった。

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Mはその区画に入るのに違和感さえ感じた。

そこには隔絶された異質な世界があった。

異質な世界に入るには勇気がいる。

異質な世界に入ると急ぎ足で歩いた。

歩いていると、後から誰かがついて来るような錯覚に襲われた。

あの感覚はなんともいいようのないものだった。

炭鉱街に友達が一人だけいた。

一度遊びに行ったことがある。

長屋の住宅に住んでいた。

名前を呼ぶと、狭い玄関から顔を出した。

玄関の奥が妙に暗かった。

やはり、異質な世界だと思った。
by cocoroshien | 2011-02-20 23:18

船着場

炭坑の船着場を出てから15分ほどで終点に着いた。

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終点の船着場に着いてもMは舳先から動こうとしなかった。

ブツブツ言いながら乗降客を眺めていた。

船員からせかされて、ブツブツ言いながら仕方なくMは船から下りた。

つぶやいたのは、格好が炭鉱街の船着場で降りた人と違ったからだ。

船着場を降りるとバス停に向かう人が半分くらいいた。

島内を一周しているバスに乗り家路に向かった。

船着場は格好の釣り場でもあった。

シーズンになると釣り人が糸をたらした。

船着場で一番賑あう季節は3月で、出会いと別れのときだ。

船着場は出会いと別れが織り成す交差点。

Mもここから世界に飛び立った。
by cocoroshien | 2011-02-19 23:36

ボタ山

ボタ山から製炭場にかけての黒一色に塗られた光景はMの目に異様に写った。

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緑の植物を寄せ付けないような無機質の不気味な色を放っていた。

定期船はその無機質な世界を過ぎると炭坑の船着場に着いた。

Mは舳先に座って乗降する人々を興味深げに眺めていた。

船着場のまん前に映画館があった。

当時映画館はパチンコと共に唯一のレジャーだった。

立抗から上がってきた人々が映画館の前でたむろしていた。

乗降客が降りてしまうと次の船着場に向かって船が動き出した。

海岸線に沿って船は進んでいく。

海岸の上には住宅から生えるようにアンテナが林立していた。
by cocoroshien | 2011-02-18 23:15

炭坑

炭坑も死語になりつつある。

同時に炭坑自体も死滅している。

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炭坑があったころ島の人口は12,000人だった。

しかし、炭坑がなくなった今は4,000人をきってしまった。

3分の1にまで減少してしまった。

日本の人口が増えていた時期にである。

当時は橋がかかってなかったので本土に渡るのはもっぱら船だった。

1時間に1本の割で定期船が発着していた。

浦ノ崎から船に乗って島に向かうと、最初に目に付くのはボタ山だった。

島が近づくにつれ製炭場や炭坑の長屋住宅が迫ってきた。

Mは迫り来る光景をぼんやり眺めていた。
by cocoroshien | 2011-02-17 22:42