こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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いちご白書

片づけをしていたら3月12日の新聞が目に付いた。

遺族代表の奥田江利子さんのあいさつ文が載っていた。

片付ける手を休めて読んだ。

一度読んだはずなのに、涙がボロボロ落ちてきた。

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そんな時口ずさむ歌がある。

『いちご白書をもう一度』

すると更に物悲しくなる。

涙を流し、泣き声で口ずさむ。
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by cocoroshien | 2012-03-31 17:28

今・ここ

今、妙な感じがする。

胸騒ぎがする。

何故なのか分からない。

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そんな状態でブログを書いた。

何の関連もない地震のことと、45年前に書いたラブレターのこと。

先日、友人から「ブログ引っ越した?」とメールが来た。

「いやっ」と返事をした。

報道特集を読んでいたら、何かを書きたくなった。

で、ブログに何かを書くことにした。

書いてから思った。

何でこんなときにラブレターのこと。

不謹慎……?

……

地震が起きた後に専門家が実しやかに言っていた。

「今年は自殺者が増える」と。

結果は例年通りで3万人は超えたけどそうでもなかった。

未曾有の災害を乗り越える為に必死に生きた結果かもしれない。

必死に生きていると、死のことなんて思う暇もない。

3月は自殺予防月間。

この月に一番自殺者が多いから3月にしたらしい。

普通に考えると自殺者は年も押し迫った12月が多いような気がする。

自殺に関する特集も何回か目にした。

そこで決まって書いてあることがある。

それは「自殺のサインを見逃すな」である。

で、よくよく考えてみたのだが、『自殺のサイン』なんてあるのだろうか?

それに、それを類型化することに意味があるのだろうか?

たしかに、自殺の前に普段とは違う行動はすると思う。

それが『自殺のサイン』といえなくもない。

まあ、100歩譲って『自殺のサイン』があるとしよう。

では、そのサインを見抜けるだけの力が我々にあるのだろうか。

少なくとも、私にはない。

それは、断言できる。

それがあれば、友達を亡くすことはなかった。
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by cocoroshien | 2012-03-11 12:40

初めてのラブレター

45年前のことである。

中学を卒業して、1年間機械科の職業訓練をうけて日立製作所に就職した。

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15歳の春だった。

寮が3棟並んで立ち、1部屋に4人が押し込められた。

寮で過ごした期間は6ヶ月と僅かだった。

ともに過ごした仲間とはそれっきりあった事はない。

でも、何故かひとりひとり鮮明に覚えている。

おそらく、初めて就職をして、初めて共同生活をして、初めて東京に行ったからだろう。

最初の2ヶ月はそうでもなかったが、3ヶ月目にホームシックにかかった。

同じ年頃の仲間はウジャウジャいたのに無性に心細くなった。

みんな、何もなかったように過ごしていたけど、私と同じだったのかも知れない。

とにかく、無性に寂しかった。

やたら友達に手紙を書いた。

そして、このときに初めてラブレターを書いた。

相手は、小学校のときから気になっている人だった。

何故、初めてのラブレターをこの人に送ったのか、それはわからない。

おそらく、心の奥に残っていたからだろう。

「文通をしませんか」という内容の手紙を送った。

すると、すぐ返事が来た。

「すでに文通をしている人がいるので、2人同時には出来ません」と。

誠実な内容の返事だった。

彼女の人柄がそのまま出た手紙だった。

かくして、初めてのラブレターに込めた想いは成就しなかった。

……

あれから45年。

今、その彼女とメル友になった。

45年たって、想いは成就した。

まるで小説のようだと思いながら、心地よさを味わっている。
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by cocoroshien | 2012-03-11 11:23

東日本大震災

もう1年たったのか!

リアルな映画の場面を見ているような映像を見てから。

自然の脅威の前になす術もなく呆然と映像を眺めた日から!

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1年前と同じくお日様が顔を出した。

窓から外を眺めたら観光バスが止まっている。

バスの側面に『サガン鳥栖』と書いてある。

そうか、今日はサガン鳥栖の応援バスが出る日だった。

ビールケースを抱えてバスに向かう中年の人。

楽しそうに手をつなぎバスに向かうカップル。

子供と戯れながらバスに向かう家族連れ。

そんな光景をチラチラ見ながら、新聞に目を落とす。

『東日本大震災1年』

この1年、放射能を浴びるように震災の報道を浴びてきた。

嫌というほど浴び続けてきた。

そして今日、1年の締めくくりとして報道特集を読んだ。

そして、思った。

結局「何も出来なかった」と。

悲しい情報を浴びせ続けられながら何もできなかったら何が起こるか。

かなり重症のフラストレーションである。

フラストレーションを感じながら1年を過ごしてきた。

そしてこれからも「何も出来ない」と呟きながら過ごしていくのだろう。

浴び続けた報道という放射能を洗い落としながら。
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by cocoroshien | 2012-03-11 10:22