こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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瞑想録

男の子が生まれる前から名前を決めていた。

良寛の元服後の名前『文孝』と『良寛』から1字ずつとって『孝寛』にしようと。

長男が生まれたとき迷わず『孝寛』(たかひろ)と名づけた。

そして、事あるごとに「孝寛は大きくなったらお坊さんになれよ」と声をかけていた。

小学の低学年のときだったと思う「お父さん」というので「何ね」と答えたら

「僕、お坊さんになりたくない」と真面目な顔でいった。

今でもその時の真面目な顔は覚えている。

私は半ば冗談混じりで言っていたのだが、彼は子供心に真面目に考えていたようだ。

……

そもそも何で『坊さん』かというと私自身が憧れていたからである。

自分が憧れて成れなかったものだから、それを子供にと思っただけである。

強制はしなかったけど、子供にとっては有難迷惑だったに違いない。

しかも、野球選手や政治家や弁護士ならいざ知らず『坊さん』である。

いかにも夢がなくて子供にとっては不可解だったことだろう。

彼が「成りたくない」と言って以来、子供にいったことはない。

お陰で子供は『坊さん』にならずにサラリーマンになっている。

でも、社会人になったばかりで先のことは分からない。

もしかすると私が死んだとき、仏前でお経をあげているかもしれない。

……

お坊さんに興味を持ちだしたのは高校のときである。

友達の家に遊びに行ったら道元の分厚い本『正法眼蔵』がズラリと並んでいた。

その横に『良寛』さんの本が数冊並んでいた。

道元の本は初めからパスした。

『良寛』さんの本を借りて読んでみた。

そしてすっかり魅了されてしまった。

お坊さんになりたいと思ったのは良寛さんに出会ったからである。

良寛さんに出会うことがなかったら、こんな夢のないことは思いつかなかったことだろう。

……

「人生の出逢いとは、いつしか用意されているものだ」

瞑想に出合うまでにいくつかの関所をくぐってきた。

関所をくぐってきたからヒロさんと会うことができた。

乾いた紙が水を吸い込むようにヒロさんの言葉が心にしみた。

時空に漂っていた、友人と良寛とヒロさんが一本の糸で繋がった。

繋がった先に瞑想がぶら下がっていた。

……

瞑想と出会ってから1年が過ぎようとしている。

当たり前の事だが劇的な変化はない。

でも、明らかに変ったことがある。

風呂に入って身を清めたあと仏前に座るようになった。

玄関や仏壇に花を飾るようになった。

お通じが良くなった。

座ると腰痛がスーッと引いていった。

心身の状態がわかりやすくなった。

新たな縁が生まれた。

仏の教えに興味を持つようになった。

そして、最後に、習慣を変えることの難しさを知った。

……

劇的な変化はない、と謙虚にいったが、これって劇的な変化なのかもしれない。

なぜなら、60年間積み重ねてきた習慣が変わろうとしているのだから。

しかも、いい方向に!

ただ、瞑想はやってみないと分からない。

やってみて初めて分かる。

だから、道元も只管打座(ただ座りなさい)といった。
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by cocoroshien | 2012-04-06 01:17