こころ支援研究所からの*笑顔ブログ*

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成人式

地元の小学校に2分の1成人式というのがある。

10才の時の成人式である。

一人ずつ前に出て決意表明をする。

大げさだが、今後どう生きていくかを!

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私は一昨年3回目の成人式を迎えた。

今、私は4回目の成人式に向かって歩みだした。

歩みは、1回目の成人式を迎えたときと比べたら格段に遅い。

1回目を迎えたときは飛ぶように進んだ。

おかげで、周りの風景や情景は見る暇もなかった。

だが、今は違う。

これでもか、というぐらい遅いのでゆっくり風景を眺めることができる。

場合によったら、巻き戻して見ることだってできる。

4回目の成人式は80才。

思春期真っ盛りである。

思春期を謳歌するために、やることはいっぱいある。

それは1回目の思春期を迎えた時と同じことをすればいい。

素直で、明るく、元気で、好奇心を持って、自分らしく!

そしてもう一つ、一番大切なこと、それは、恋をすること。
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by cocoroshien | 2013-02-21 23:19

非正社員

今日本は3人に1人が非正規社員である。

小泉内閣で規制緩和して以来一気に増加した。

私も55歳で会社を辞めて以来ずっと非正規社員である。

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賞与ない、昇給ない、福利ないのないない尽くしであった。

最初の頃は、金銭的に考えると、なんて馬鹿なことをしたのだろうと思った。

年収は10分の1まで落ち込んだ。

おまけに椎間板ヘルニアが悪化して入退院を繰り返し気分も落ち込んだ。

しかし、金銭では買えない多くの物を得ることが出来た。

正社員の時は時間に縛られ、会社に縛られ余裕がなかった。

今は、時間にも会社にも縛られることなく余裕がある。

そして何より、余暇を利用して多くの人と知り合うことが出来た。

金銭は使ってしまえばなくなるが、人脈はなくなることはない。

人脈は使えば使うほど味が出て、緊密になり、本当の財産になる。

境遇に悲観的にならずに受け入れて、自分なりの花を咲かせれば良い。
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by cocoroshien | 2013-02-20 22:22

あいまいな日本語

私はあいまいな日本語大好きである。

と、日本で生まれ育ち日本語以外知らない人が言っても、説得力に欠けることはわかっている。

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先日、悲しいことに野郎ばかりで旅行に行ってきた。

画像は豊後高田の昭和の街に行った時の副産物。

あいまいな日本語を語るときに、ふさわしいかなと思い選択した。

ポストの前を通った時、情景にピッタリの人がいたので頼んで一緒に写ってもらった。

その下は、今ではほとんど見られなくなった ヒ バ チ 。

火鉢にかざしている手は初(はじめ)さんの手。

といっても、誰もご存知ないと思う。

私だって知らないのだから。

これ以上行くとどこに不時着するのかわからないので元に戻そう。

・・・・・

私は、何度も言うようだけどあいまいな日本語大好きである。

なぜかって!

それは、私自身が、日本語よりあいまいだからである。

よく日本語は、季語が美しい、色の表現が美しいと言って好きな人はいる。

しかし、私にはそんな高尚な趣味はない。

・・・・・

あ、そうそう、先月、かなり立派な胡蝶蘭をもらった。

その胡蝶蘭の葉が緑色から茶色に変わってきた。

で、今日、職場で、「なんで色が変わったのですかね」と聞いてみた。

この言葉の次に来る言葉は「どうすればいいのですかね」だ。

あいまい語大好きな人間だから、二つ目の言葉は省いた。

多分言わなくても、察して答えてくれるだろうと思ったからである。

ところが、返事は「枯れてるんじゃない」だった。

そんなことは「分かっとる」ばい。

私が待っとった返事は「どうすれば良いのか」ってこと。

たとえば「水をかけたら」「日光に当てたら」という処方箋が欲しかったのです。

あまりのバカ正直な返事に笑うに笑えなかった。

あいまいな日本語は操るのが難しい。

でも、日本語、ダ イ ス キ 。
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by cocoroshien | 2013-02-19 20:37

スキーマ

自分の考え方のクセのことをスキーマといいます。

認知行動療法では「認知を深く掘り下げスキーマを発見。そのゆがみを修正していきます」

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ゆがみで多いのは「自分はダメ人間」とレッテル貼ること。

そして、事あるたびに、ダメ人間だからといって一歩踏み出せない。

「ダメ人間」と思っている人は多いかもしれない。

かくいう、私も「ダメ人間」と思っている。

マジ、正直、「良い人間」なんて思ったことはない。

ただ、だからといってネガティブに考えることはない。

それは、根っこに「どうにかなるさ」というスキーマがあるからだと思う。

どうにかなると思っているから、そんなに悩まなくて済む。

もっとも、全く悩まないかというと、少しは悩む。

少しぐらい悩まないと生きている価値がありませんからね。

どんなときに悩むかというと。

「どうにかなるさ」と思っているものだから、ギリギリまでやらない。

おかげで、土壇場になるまで動かないところがる。

で、いつもドタバタしている。

今度は早めにと思っていても、ついつい遅くなる。

スキーマを修正するのは中々難しいものである。
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by cocoroshien | 2013-02-18 23:32

無芸大食

最近やたら食欲がある。

今日も夕飯のとき、ご飯を茶碗3杯食べた。

妻に、「オカズがないのによくご飯ばかり食べられるね」と言われたので、

「オカズがないからご飯で腹をふくらませている」と言ってやった。

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私は妻から見たら飼いやすい動物だと思う。

好き嫌いは全くないし、出されたものはなんでも食べるから。

飼われだして30年になるが、残した事はない。

別に脅迫されているわけではない。

もったいないから残しているわけでもない。

ただ、出されたものは全て食べる主義なのだ。

そういえば、中学の給食も残した記憶はない。

全てたいらげてきた。

これって、表彰に値すると思う。

どんなタイトルにするかつけ難いが!

「すべてたいらげましたで賞」では芸がなさすぎる。

これからも、妻の出したものに限らず、全てたいらげていくつもり。

余程卑しい奴だと思う人は勝手に思ってください。

実は、かなり卑しいのです。

無芸大食ですから。
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by cocoroshien | 2013-02-17 23:21

自然の詞 16 争い

人は欲のために争い、欲のために戦う。

互いにこの欲のために狂わされて相争い、互いに殺し合う。


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残念なことに争いを止める特効薬はないようだ。

この地球上から戦争がなくならないのを見れば一目瞭然だ。

本来なら宗教がその役目を果たさなければならないのに、火に油を注いでいるような気がする。

争いが中東の聖地で起こっているのを見たら明らかだ。

火種はくすぶり続け収まることはない。

地球上のエリートを自認している人が集まって話し合っても解決の糸口さえ見つからない。

また、バアチカン市国のローマ法王が平和への祈りを捧げても届きもしない。

小は犬も食わない夫婦喧嘩、大は国家間の戦争まで人間は争いが好きなのだろう。

基本的に争いが好きだからやめられないのだ。

嫌いだったら、とっくに止めているはずだ。

もっとも、人間はそんなに単純ではないので、簡単に割り切れないところもあるが。

今日、五島から友達の友達が訪ねて来た。

彼曰く、平和の祈りをするくらいなら、貧困国にお金をやった方がましさ。

祈りで治るほど人間単純じゃないよと言っていた。

どう思います。
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by cocoroshien | 2013-02-17 00:10

自然の詞 15 欲

人間の欲にははてしがない。

それはちょうど塩水を飲むものが、いっこうに渇きがとまらないのに似ている。

彼はいつまでたっても満足することがなく、渇きはますます強くなるばかりである。


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「限りないもの それは欲望」と井上陽水の歌にあった。

確かに、欲望には限りがない。

限りがないので満足することはない。

オリンピックのスローガンに、より速く、より高く、より美しくというのがあった。

あれだって、結局欲望を満足させるためにやっているに過ぎない。

ごく普通の生活でやっていることと同じことだ。

あ、言っておくけど欲望が悪いと言っているわけではありません。

現代にあってはどうすることもできないと思っているだけです。

仏教では煩悩の根本に欲望があるので、これをどうにかしないと悩みは尽きない。

と、言って欲望を治めるようなことを言ってますが、おそらくそんなことは無理でしょう。

資本主義のシステムそのものが欲望を土台にして成り立っていますからね。

昨日、良識の集まりと思われている民生委員集まりに参加しました。

出てくる料理やアルコールを飲み食いしながら、こんなにいらないのにと思いました。

会場を出るとき残された物を見ながら、バングラディッシュでは・・・・・

と、思ったところで仕方がないか。

ここは日本だしね。

祭りのあとは虚しさだけが残る。

吉田拓郎の歌にそんなのがありました。
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by cocoroshien | 2013-02-15 23:39

自然の詞 14 こころ

憂いと悲しみと苦しみと悩みのある迷いの世界を生み出すものは、この心である。

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心理療法の中心的存在である「認知行動療法」では

「物事は受け取る側のとらえ方によって見え方が違ってくる」とします。

つまり、ザックリ言えば受け取る側の心しだいということになります。

・・・・・

職場にTさんという真面目で、几帳面で、気が利き、ポジティブな人がいます。

私は、よく面倒を見てもらえるので気に入っています。

ところが、女性陣には不人気ようです。

なんでも「過ぎる」ところが「ウザイ」と思われています。

Tさんという存在はどこから見ても同じTさんなのに、人によって微妙に違うようです。

・・・・・

『無門関』の禅問答にこんなことが書いてあるそうです。

二人の僧が吹流しを見て激論をしていました。

「あれは吹流しが動いている」

「いや違う、あれは風が動いている」

そこに、六祖慧能がフラッと現れます。

そして、こう言うのです。

「両方とも違う。あなたがたの心が動いているのだ」と。

・・・・・

「群盲象を撫でる」というのがあります。

また「十人寄れば十国の者」という慣用句もあります。

それぞれ郷里を異にし、風俗、習慣も違います。

それに、性別、考え方が加われば当然心も違うでしょう。

極端に言えば、心しだいでどうにでもなるということです。

この、目に見えない、不確かな心は、果たして、信頼できるのでしょうか?

と、不確かな心で感じています。
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by cocoroshien | 2013-02-14 23:10

自然の詞 13 無常

縁によって咲き、縁によって散るのであるから、どんなものも、みなうつり変わる。

         ひとりで存在するものも、常にとどまるものもない。


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創作

最近、心と体のギャップを感じませんか。

私は微妙に感じています。

体は年々古くなっているのに、心は変わってないような気がするのです。

あなたは、湾を一望できる小高いところに公園があったのを覚えていますか。

あそこに格好の松の木がありました。

あの松の木に5人で登り紙テープがなびくのを見ていました。

別れのテープが海に落ちて、友人達を乗せた船が立ち去るのを。

船が見えなくなった海をぼーっと眺めていました。

あの時の言いようのない気持ちは今もこころの奥にあります。

ところが、あの頃の体はひとつも残っていません。

極端なたとえですが、こころはしっかり残っているのに、体は残っていないのです。

つまり、目に見えないこころは永遠不変だが、目に見える体は無常だということ。

と、屁理屈を述べると「だから、何よ」と言われそうですね。

いや、ただね、うつり変わりは永遠不変の道理って言うけど、魂は普遍だと言うこと。

「三つ子の魂百まで」と言いますからね。

まあ、何が言いたいかっていうと、心と体のギャップが大きくなると問題が生じるということです。

いつものように、またまた、言いたいことがボケてしまいました。

あ、そうそう、見送りのために登った、あの松ノ木は枯れました。

小高いところにある公園も形が変わりました。
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by cocoroshien | 2013-02-14 00:10

自然の詞 12 ささえあって

花は咲く縁が集まって咲き、葉は散る縁が集まって散る。

                  ひとり咲き、ひとり散るのではない。


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すこし元気のない同僚にお土産を買ってきた。

夕食を食べ終わった頃メールが来た。

「私ごときに買ってきていただきありがとう・・・」

自虐的な言葉が並んでいた。

「お土産って、お腹も心もふっくらなるからね」

「今の、あなたに一番必要だから」とキザな返信をした。

・・・・・

人の心はあるときは速く、あるときは遅く、ピストン運動をしている。

オイルが綺麗な時はスムーズに動くが、汚くなるとぎこちなくなる。

ぎこちないときは、些細なトラブルで動かなくなってしまう。

それを無理やり動かそうとするとエンストしてしまう。

こんなときはひと休みして、誰かに押してもらうに限る。

元気を取り戻してから、オイルを綺麗にして動けばいいのだ。

・・・・・

同僚はとても頭がよくて能力の高い人。

私は随分教えていただき、助けられた。

今度は私の番である。

自虐的な言葉やため息が出ないように、ふっくらにしてあげたいと思う。

人はささえあって生きている。

ささえあっているから、生きていける。

ささえあっていることに感謝しよう!
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by cocoroshien | 2013-02-12 23:43