橋の上から覗くと。
うっすら、鯉の魚影が見えた
浅瀬をゆったり泳いでいた。
黒々としている。
40センチはある。
鯉を見ると、従兄弟のうちの井戸の中にいた鯉を思い出す。
その鯉も体長40センチはあった。
冷たい井戸水の中でよく生きていられるな~と思った。
井戸の中に輪切りにした芋を投げ込むとあがっって来た。
表を見せ、裏を見せキラキラ沈んでいく芋が急に見えなくなった。
鯉が一口に飲みこんだのだ。
その瞬間を見逃すまいと井戸口に首を突っ込んで目を皿のようにした。
鯉は直径2メートルの井戸の内側に沿って、らせん状に回りながらあがってくる。
表面まで上がってきて水しぶきを上げてユーターンし回りながら沈んでいった。
井戸の回りは夏でもひんやりとしていた。
井戸水は良く澄み、冷たくて生活には欠かせなかった。
近所の小母ちゃんたちが、食器を洗ったり、野菜を洗ったり、果物を冷やしていた。
にぎやかな喋り声や、笑い声が聞こえた。
いつしかその声も聞かれなくなった。
屋根も朽ち果て、竹の落ち葉が水面を覆うようになった。
東京に就職して初めて帰ってきたとき、井戸までの道さえなくなり、周りに草が生い茂っていた。
井戸が使えなくなったのも残念だったが、鯉のことはもっと気になった。
私の気持ちの中では、今も井戸の中を鯉が泳いでいる。
脳裏の底から、鯉が上がってくるような気がする。